2019年4月にパリのノートルダム大聖堂で起こった火災事件は、記憶に新しいのではないでしょうか。価値あるものとして大切にされてきた美術作品でも、火事、戦争、水害、盗難などで、あっという間になくなってしまうのです。あまりに脆い人類の宝の運命をつづったノンフィクション、『失われた芸術作品の記憶』の著者はしがきの一部を特別公開します。 ◆芸術作品は永遠ではない 失われた芸術作品を集めた美術館があったら、そこには、膨大な数の傑作が収められることになるだろう。世界中の美術館が所蔵するすべての作品を合わせても、その数には遠く及ばないはずだ。 ローマの財宝やアレクサンドリア図書館、宗教改革で破壊された宗教芸術、イザベラ・スチュワート・ガードナー美術館の盗難事件で盗まれた傑作の数々、イラク国立博物館や、膨大な数に及ぶ古代遺跡から略奪された美術品、過激派組織ISによって破壊された古代の建造物や彫像、ナチによって奪われた数々の財宝、現代になって盗まれたり、隠されたり、破壊されたりして失われた、おびただしい数の美術品。これらに思いを馳せると、人類の宝ともいえる芸術作品がいかに脆く儚いものか、痛感させられる。 人類が生み出した素晴らしい美術品の多くは盗難や破壊行為、偶像破壊、災難、故意や不注意による破壊等によって失われている。窃盗団の手に渡ったものは、未だに行方がわからないものも多い。